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ドゥ創造性研究所が提唱しているマーケティングに関する考え方が創り出されてきた
バックグラウンドとしての思考経緯を紹介しています。
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ドゥ創研がマーケティング課題、ブランドや事業戦略などについて考えるときの基本的な枠組みについてご紹介したいと思います。ブランドに限らず経営戦略や事業戦略を考えていくときに、ドゥ創研はホワット・フォー(what for)軸とハウ・ツー(how to)軸というものを考え方の組み立ての基本にしています。ホワット・フォー軸というのは縦軸です。これは目的の軸、意識の軸、そして文化の軸です。もう一方のハウ・ツー軸は横軸です。これは手段の軸、行動の軸、そして文明の軸です。ドゥ創研はこのように考えています。この2つはどちらがいいということではありません。ハウ・ツーがたくさんあるときにホワット・フォーが明解であれば、ハウ・ツーが非常に生きてくる。逆にハウ・ツーが少なくても、ホワット・フォーを明確に持って目的がはっきりしていれば、ハウ・ツーをどんどん習得していくことができる。こういう物の考え方なのです。ハウ・ツー軸を中心に考えるのが文明優先の原理、ホワット・フォー軸なら文化優先の原理というわけです。状況によって、これをうまく使い分けていく必要があるのです。
1つ例え話をしましょう。明治維新は日本がその後近代国家として国際社会の中で大きく発展していく要因になりました。ところが日本の国家的には、幕末は最大の危機だったのです。もしかすると日本という国が植民地化されるかもしれなかったわけです。しかしそのときの日本には、「日本の独立を守る」という強い意識がありました。そして同時に日本を守るだけの文化的な蓄積があったのです。要するに非常に明解なホワット・フォーがあったわけです。だから明治維新以後の日本は、欧米の科学技術や制度やシステムというハウ・ツーをどんどん学び、取り入れることができたのです。それによって、あっという間に近代化を達成していったわけなのです。
当時の日本文化がどれほどすぐれていたかはいろいろなことから実証できます。例えば幕末の初代英国公使を務めたラザフォード・オールコックという人がいました。彼は『大君の都』という本を書いています。これは今でも岩波文庫で読むことができます。ラザフォードは一流の外交官だったのですが、いかに日本が文化的にすぐれて成熟した国かということを書き残しています。同じく英国にトマス・クックという人がいました。彼も幕末から明治の初めに日本にやってきています。クックは近代観光学の父と呼ばれており、観光旅行という考え方を初めてつくり出した人です。彼もラザフォードと同様に、日本は文化度が非常に高く、観光旅行に行くのにふさわしい国であると世界に紹介しています。彼の著書は現在日本では訳されていませんが、『トマス・クック物語』という伝記が中央公論社から出ています。この中で、彼がいかに日本を世界に紹介したか、そして日本の文化度を高く評価したかということが紹介されています。これらは往時のわが国の文化度の高さを紹介する事例です。
What For Channelは、このようにWhat for軸。すなわち目的の軸、意識の軸、文化軸優先で物事を考えた結果生まれ出てきたコラムを集めたChannelです。What For Channelはほとんどが趣味の世界のお話ですが、ドゥ創造性研究所がドゥ創造性研究所らしくある多くの要素が内包されております。ちなみに、このような考え方の源泉は、日本で初めてのC.I.コンサルティング会社?パオスの元副社長であられた小松紘行さんからドゥ創造性研究所が継承してきたものです。
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