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アメリカの心のうた

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アメリカの心のうた-1

アメリカは歌の国だと思う。
人びとのあいだに、アメリカの心をそだててきたのが歌だ。
アメリカの歌がうたってきたのは、つねに一つの主題だ。
アメリカだ。
そのアメリカとは、それぞれにとっての「アメリカ」だ。

長田弘著「アメリカの心の歌」より

「アメリカの心の歌」は1996年7月に岩波新書から出版された、詩人の長田弘さんによる著作です。そこには表題どおり「アメリカの心の歌」について述べられています。そしてある意味ではこの本は長田弘さんにとっての「アメリカの心の歌」でもあります。

 長田さんは私よりちょうど10年年長です。その10年のずれが、微妙に「私のアメリカの心の歌」と「長田弘さんのアメリカの心の歌」に影響を与えています。

 それは私にとっては非常に面白いことでありますが、おそらく長田さんの世代(1939年生まれ)から私の世代(1949年生まれ)を経てさらに10年くらいの間に青春を過ごした世代にとって、長田さんの捉えたところの「アメリカの心の歌」は極めて大きな精神的な、もしくは文化的な影響力と意味を持っているのではないかと思います。

 それはひとつにJazzの時代であり、ロックンロールからニュー・ロックへの変遷の時代でもあります。長田さんの世代(1939年生まれ)から私の世代(1949年生まれ)を経て、さらに10年くらい後の世代の極めて多くの人びとが、祖国である日本の歌以上に「アメリカの心の歌」に多大なる影響を受け、ある文化的意識を共有している。こういう現象はもう二度と起こらないかもしれません。その意味で長田さんの「アメリカの心の歌」は、日本のある時代の心の歌でもあったのでしょう。

 このコラムでは、長田弘さんの「アメリカの心の歌」を紐解きながら、10年遅れの「私のアメリカの心の歌」を旅してみたいと思います。この素晴らしい本を私たちにプレゼントしてくださった長田弘さんに、深い感謝と敬意を表するものであります。

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アメリカの心のうた-2 Hard Times

ボブ・ディラン Bob Dylan (1941〜  )シンガー・ソングライター

 ボブ・ディランについては語れば尽きないし、私が語るまでもないとも思います。ただ彼が偉大なアーティストであり、私個人にとっては13歳の時から離れがたく聞き続けてきたミュージシャンであります。ある時期には、自分がディランの新しいアルバムを買わなくなる日が来るなど、ありえないと思えた程でした(実はその日はやってきたのですが)。ローティーン時代に聴いたボブ・ディランはCBSコロンビアの編集盤LPでした。4枚持っていたLPのすべてを今はなくしてしまいましたが、それは恐るべき代物で、おそらくブロンド・オン・ブロンド以前の彼のアルバムの総集編というような物だったと思います。ジャケットの写真もオリジナルとは全く違うモノであることを、後にCBSソニーがディランのすべてのオリジナル・アルバムをリリースした時に知りました。「グッド・アズ・アイ・ビーン・トウ・ユー Good as I been to you」はボブ・ディランが「アナザーサイド・オブ・ボブ・ディラン」以来、なんと28年振りにリリースしたアコースティック・アルバムで、全曲が彼のオリジナル曲ではなく、トラディッショナルなブルースとバラッドから選ばれています。その中に、スティーヴン・フォスターの ハード・タイムズ(Hard times come again no more)が入っています。このアルバムを聴くと、ボブ・ディランが優れた歌うたいであり、ギター弾きであることを、今更ながら思い知らされます。ディランが切々とうたうディラン節のハード・タイムスは私たちの心を深く打つものがあります。ボブ・ディランを敬遠している人や、ボブ・ディランを余りよく知らない方々にも、このアルバムはお薦めです。

(1)グッド・アズ・アイ・ビーン・トウ・ユー Good as I been to you
 発売元 ソニー・ミュージック・エンターテイメント 2,300円 1992年発売
 全曲の編曲・歌唱・演奏 Bob Dylan

曲目
1. Frankie & Albert
2. Jim Jones
3. Blackjack Davey
4. Canadee-I-O
5. Sittin’ on top of the world
6. Little Magie
7. Hard Times
8. Step it up and go
9. Tomorrow night
10.Arthur Mcbride
11.You’er Gonna quit me
12.Diamond Joe
13.Froggie went A-courtin’

 ハード・タイムズ(Hard times come again no more)をカバーしているアルバムとして、是非お薦めしたいのがナンシー・グリフィス Nanci Griffithの「Other Voices, Too(A trip back to bountiful)」です。ナンシー・グリフィスについては、いつか詳しく取り上げる予定です。簡単にご紹介すれば、ナンシー・グリフィスはエミールー・ハリス  Emmylou Harrisやルシンダ・ウイリアムス  Lucinda Willamsなどと共に、アメリカのディープ・サウスの香りを豊かに宿した、カントリー・フォークの女性シンガーとして、長いキャリアと実績をもつベテラン・シンガーです。ボブ・ディランの30周年記念コンサート(VTR)のステージで「スペイン皮のブーツ」を歌うエレガントな彼女の姿を見ることが出来ます。このアルバムの素晴らしさは、参加しているアーティストの顔ぶれで分かります。もちろん、親友であるエミルー・ハリスおよびルシンダ・ウイリアムス。「ハード・タイムス」はじめ数曲で、アイルランドのベテラン・シンガーであるドロレス・ケーンがバック・コーラスをつとめています。6曲目のガイ・クラークの曲Desperadoes waiting for a trainではガイ・クラーク Gay Clarkはもちろんジェリー・ジェフ・ウオーカー Jerry Jeff Walkerがボーカルとギターに加わっています。ウディ・ガスリー Woody Guthrieの名曲中の名曲 Deporteeではルシンダ・ウイリアムスとの素晴らしいデュエットを聴くことができます。またジョン・プライン Jhon PrineとはThe streets of Baltimoreをデュエットします。その他バックコーラスにOdettaの名前も見え、ナンシーの交友の広さをうかがわせます。これらの人々のほとんどが「アメリカの心の歌」に登場するのを見ると、長田さんの見識が、いかに見事に「アメリカの心」をとらえているかを知ることができます。

(2)アザー・ヴォイス・ツー Other Voices,Too (A trip back to bountiful)
   発売元 Elektra Entertainment Group 1998年発売:輸入盤(日本版も出ている)
 ナンシー・グリフィス Nanci Griffith

曲目
1. Wall of death
2. Who knows where the time goes
3. You were on my mind
4. Walk right back
5. Canadian whiskey
6. Desperadoes waiting for a train
7. Wings of a Dove
8. Dress of Laces
9. Summer Wages
10. He was a friend of mine
11.Hard times come again no more
12. Wasn’t that a Mighty storm
13. Deportee (Plane wreck at Los Gatos)
14. Yarrington Town
15.I still miss someone
16.Try the love
17.The streets ob Baltimore
18.Darcy Farrow
19.If I had a hammer

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アメリカの心のうた-3  I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter

サラ・ヴォーン Sarah Vaughan(1924-1990)
 サラ・ヴォーンはエラ・フィッシュジェラルド、カーメン・マクレイと並び称せられる、3大女性ジャズ・ボーカリストですから、その作品は夥しい数にのぼり、CDでもその発売枚数は女性ジャズ・ボーカリストの中で、おそらくN.O.1だと思われます。しかし、彼女の歌うI'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letterが入ったCDを見つけるのに私は苦労してしまった。1997年当時は今ほど簡単にPCを使って曲目でCDをサーチすることはできなかったので、CDショップを訪れるたびに目検でさがすしかなかったのです。まず、この曲自体を私は知らなかったので、見当のつけようもなかったわけです。もちろん長田さんが愛聴したという25センチ版のThe Best of Sarah Vaughanなどは手に入りません。

 しかし、サラ・ヴォーンは嫌いではなかったので、すでに何枚かCDは持っていました。
ようやく私が見つけたI'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letterが入ったCDは、LPからのデジタル復刻版で15曲もが取り上げられた”It’s You Or On One”というタイトルのアルバムでした。そこにはモノクロームのジャケツトに20歳代とおぼしきSarah Vaughanが大時代的なドレスをまとい微笑んでいるのです。さらに驚いたことに、CDから流れ出したサラの歌声は、私が聴きなれている、あのダイナミックかつ老練なテクニックあふれる歌唱ではなく、よく言えば初々しく、しかし極めて淡白な、でもサラであることは良く分かる歌声でありました。

 予想をはるかに超えたスイングするテンポの速さ。「水滴のようなギター」は確かにギターだけれど。「流れるようなクラリネット。さざなみのようなストリングス」ウーム。そうですね。その時代、その人は、そのように聞いたのだと、理解できるのです。そして、このCDから聞こえてくるメロディ、サラの歌声は長田さんが聴かれたその時代の音に極めて近いものではないかと私は思います。その音質は必ずしも良いとはいえません。しかし息吹というのでしょうか、伝わる意味性というものがあるとすれば、その意味性は十分に伝わってくるのです。歌詞を綴れば下記の通りです。

I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter
作詞 / ジョセフ・ヤング( Joseph Young ) 作曲 / フレッド・アーラート( Fred Ahlert )

I'm gonna sit right down and write myself a letter
And make believe it came from you
I'm gonna write words, oh, so sweet, they're gonna knock me off my feet
A lot of kisses on the bottom, I'll be glad I got 'em
I'm gonna smile and say "I hope you're feeling better"
And close "With Love" the way you do
I'm gonna sit right down and write myself a letter
And make believe it came from you

さあ、座って、自分宛に一通の手紙を書きましょう
で、それがあなたから来たって思いこむの
それはそれは甘い言葉をわたしは書くからね
それを読んだわたしがひっくりかえるほどだわ
手紙の下のところにはキスをいっぱいしてね
それを受けとったわたしはもちろん大喜びだわ
笑顔で「ご機嫌はいかがですか」なんて言う
で、終わりはあなたがいつもするように「愛をこめて」と書くわ
さあさあ、座って、自分宛に手紙を書きましょう
そしてそれがあなたから来たって思いこむの

訳詞 村尾陸男( ジャズ詩大全第1巻 )

不世出の天才ジャズ・ヴォーカリストSarah Vaughanのアルバムを1枚に絞ってご紹介することはできませんでした。どうしても2枚・・・・です。

(3)アフター・アワーズ AfterHours
 発売元 Capital records,inc. 1997年発売:輸入盤(日本版も出ている)
 サラ・ヴォーン Sarah Vaughan

曲目
1. My favorite things
2. Ev’ry time we say goodbye
3. Wonder Why
4. Easy to love
5. Sophisticated Lady
6. Great day
7. Ill Wind
8. If lave is good to me
9. In a sentimental mood
10. Vanity
11. Through the years

ギターとベースだけの実にシンプルなバックでサラのヴォーカルを存分に楽しむことができます。ジャケットのオレンジのサラのドレスが印象的です。

 Sarah Vaughanの天才が遺憾なく発揮されているアルバムとして、”Crazy and Mixed up Sarah Vaughn” 日本版のタイトルは「枯葉」を聞き逃すことはできません。Joe Passのギターもエキサイティングです。ここに一つのジャズ・ボーカルの至高の表現があるといっても、それは誇張にはならないと思います。

(4)Crazy and Mixed up Sarah Vaughn 「枯葉」
 発売元 日本ビクター

曲目
1.I didn’t know what time it was.
2.That’s all
3.Autumn Leaves
4.Love Dance
5.The Island
6.Seasons
7.In love in vain
8.You are too beautiful

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アメリカの心のうた-4  Mack the knife 1

 ヘルベルト・ブレヒト(1892-1956)作詞 クルト・ヴァイル(1900-1950)作曲

 私はLPやCDのコレクターではありません。時折々に自分の心をとられた音楽を、はじめはEP版であり、LP時代を経て今日のCDまで買い求めてきましたが、希少版を求めたり、あるテーマの下にLPやCDを収集するということはありませんでした。それでも音楽が好きだったので還暦を迎える今年までには、数多くのCDと今日でも手元に残っている多少のLPがあり、その数は三桁で済まず、四桁に達してしまっています。今日、私の手元に届いた最も新しいCDのタイトルは ”Mack the knife” and other Berlin theatre song of Kurt Weill The sextet of Orchestra U.S.A.です。

 実はこのアルバムについて言えば、私は多少コレクター的行動をとってきました。このアルバムを探し始めたのは恐らく1996年のことで、なぜそう断言できるかといえば、長田弘著「アメリカのこころの歌」が刊行された年であるからです。このアルバムは長田さんの著書のなかでも比較的はじめの方で紹介されています(12P/127P)。そこには私をひきつける4つの固有名詞が記されていたのです。それはヘルベルト・ブレヒト、クルト・ヴァイル、ボブ・ディラン、エリック・ドルフィーの4人です。ヘルベルト・ブレヒトとクルト・ヴァイルは歴史的にはセットですから、文脈的には何の不思議もありませんが、この二人とボブ・ディラン、エリック・ドルフィーとの繋がりを説明するのは容易ではありません。ここで最も安直な回答は、長田弘著「アメリカの心の歌」をお読みください、というものです。

 ボブ・ディランについては解説するまでもなく、このシリーズでもすでに登場していますが、エリック・ドルフィーはジャズ、それも1960年を境とした前後4,5年のジャズ・シーンに興味のある人々以外にはあまりなじみのない名前であります。実は私にとってはボブ・ディランとは13歳から、エリック・ドルフィーについても17歳からのお付き合いで、ブレヒトやヴァイルよりも古い付き合いなのです。この四人が私の中で合一したのは、偏に長田弘さんの「アメリカの心の歌」のお陰であります。

 長田さんはこう書きはじめています。「詩人ヘルベルト・ブレヒトと作曲家クルト・ヴァイルによる『三文オペラ』が、ミュージカルとして、ニューヨークのオフ・ブロードウェイに登場したのは、1954年の春、翌秋、再演され、それから七年半、ロングラン記録となった27,074回連続上演ののち、『三文オペラ』がようやくその幕をおろしたのは1960年代の入口だった」。1960年代の入口においては、一方ではすでにエルビス・プレスリーの全盛時代から新たなロックンロールの時代が準備されつつありました。再び長田さんの原文に戻れば「ロックンロールの1950年代を締めくくったのは「マック・ザ・ナイフ」(Mack the Knife)だった。その歌を知ったのは、ロックンロールの時代の歌としてだ。そのとき1959年の全米ヒットになったボビー・ダーリンのマック・ザ・ナイフによって知ったのが最初だった」。1959年、私は10歳になっていました。ボビー・ダーリンを知っていたかどうか別として、「マック・ザ・ナイフ」のヒットはリアルタイムで記憶にのこっていますし、この名曲はボビー・ダーリンにおいてすでに過去のカバー曲であったわけですが、その後様々な形でカバーされていきましたから、今日でも知らない人はない名曲のひとつです。しかし、この曲がヘルベルト・ブレヒトの作詞でクルト・ヴァイルによって作曲されたこと、それが『三文オペラ』の挿入曲であったことを知る人は少なく、否、もはやブレヒトやヴァイルの名さえ、今日忘れられた過去の人名である可能性は高いのではないでしょうか。

(5)Bobby Darin Greatest Hits
Bobby Darin
発売元 CURB Records

 曲目
1. Splish Splash
2. Dream Lave
3. 18 Yellow Roses
4. On Broadway
5. La Bamba
6. Mack the Knife
7. If I Were a Carpenter
8. Blue Monday
9. Happy(love theme “Lady sings the Blues)
10. Fly me to the Moon

(6) ”Mack the knife” and other Berlin theatre song of Kurt Weill
The sextet of Orchestra U.S.A.
発売元  BMG France

曲目
1. Alabama Song
2. Havana Song
3. As you make your bed
4. Mack the Knife
5. Bilbao Song
6. Barbara Song
7. Pirate Jenny
8. Mack the Knife
9. Bilbao Song(alternate take)
10. Pirate Jenny(alternate take)

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アメリカの心のうた-5  Mack the knife 2

ヘルベルト・ブレヒト(1892-1956)作詞 クルト・ヴァイル(1900-1950)作曲

1980年代の終わりの頃、私は静岡県の清水市で行われた「水」をテーマとしたイベントのアート・プロデュースを依頼され、高橋洋子さんと池村明生さんの作品を出品しました。音楽部門では群馬交響楽団が出演し「水上の音楽」や「モルダウ」など水にまつわる音楽を演奏しました。その企画会議で面白かったのは、総合プロデューサーの辻村明さん(元東京大学教授:当時静岡県立大学副学長)がドビッシーの「海」の演奏を依頼したとき、群響のディレクターが「“海”は難しいので、是非他の曲にしてほしい」といわれたことです。私はその時初めてドビッシーの「海」がオーケケストラにとっては難曲であることを知りました。

そのイベントの打ち上げのパーティーで「君のようなアバンギャルドと一度仕事をしてみたいと思っているんだ」と私に話しかけてきた男がいました。名刺を見るとその男は、バッハホールで名声を馳せた中新町町長、地方自治の星・本間俊太郎氏でした。今から思うと、あの頃から数年が本間氏の政治家としての絶頂期であったとおもいます。その後の本間氏の皮肉な運命は周知の通りです。

その時本間氏が発した「アバンギャルド」ということばがいかにも古めかしく聞こえたのを覚えています。おそらく彼は私たちの作品をほめたつもろだったのでしょう。その時私の脳裏を掠めたのは「サミュエル・ベケット」の名でした。その後間もなくベケットの訃報に接し、今度は宮城県知事となった本田俊太郎氏を思い出したりしました。本間氏の逮捕がなくとも、私と本間氏の接点はあの清水での一日だけだったでしょう。

本間氏の「アバンギャルド」という言葉を聞いて、なぜ「サミュエル・ベケット」を思い出したかというと、大学に入りたての頃「ブレヒト詩集」を読んでいたら、演劇通の友人から「ブレヒトなんて古い、古い。ベケット読みなさいよ!」と言われたのが記憶に残っていたからです。「当節アバンギャルドはベケットというわけ?」と私がいいかえすと、彼女はポカンとして「アバンギャルド?古い古い」といって私を哀れみの目で見つめたのでした。1969年ごろすでに、学生たちにとってブレヒトは古かったのかもしれません。そしてその頃、ポピュラー音楽となっていた”Mack the knife”も手垢のついた、古びた曲のように私には感じられていました。長田弘さんがロックンロールとして聴いた”Mack the knife”を、私はテレビに出てくるアイドル歌手が、いかにも物知りげに取ってつけたように歌う、ポピュラー・ソングとして聞いていたわけです。その曲がヘルベルト・ブレヒトの作詞でクルト・ヴァイルによって作曲されたこと、『三文オペラ』の挿入曲であったことも往時はまったく知りませんでした。長田さんと私の10歳の年齢の開きは、こんなところにも現れているかもしれません。まさに歌は世につれ、世は歌につれであります。ただし、ソニー・ロリンズの「モリタート」(Saxophone Colossus)は私にとっても当時ジャズ喫茶「ファンキー」や「メグ」でよくリクエストした曲であり、その「ただ真っ青な中に、たくましいサックス吹きの影像が、黒々と浮かんでいる」(長田弘)アルバムのジャケットにも今も深い愛着があります。

(7) Saxophone Colossus Sony Rollins Four
Sony Rollins(tenor sax)
Tommy Flanagan(Piano)
Doug Watkins(bass)
Max Roach(drums)
発売元 ビクター

  曲目
1. St. Thomas
2. You don’t know what love is
3. Strode Rode
4. Moritat
5. Blue seven

  

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アメリカの心のうた-6  Mack the knife 3

ヘルベルト・ブレヒト(1892-1956)作詞 クルト・ヴァイル(1900-1950)作曲
〜JAZZスタンダードとしての”Mack the knife”〜

 「『モリタート』は、ロリンズによる『マック・ザ・ナイフ』だった。「モリタート」と『マック・ザ・ナイフ』はおなじ歌だ。そもそも『マック・ザ・ナイフ』は、ドイツ生まれの『三文オペラ』の英語版として大当たりをとったミュージカルのはじまりにうたわれる歌で、もともとは『メッキー・メッサーのモリタート(殺しうた)』というドイツ語の歌が『マック・ザ・ナイフ(匕首マッキー)』という英語の歌になったのだ」(長田弘)。二万回を超えるロングランを記録したミュージカル『マック・ザ・ナイフ』については私は何も知りません。ブロード・ウェイ・オリジナルキャストによるレコードがあると長田さんは書いていますが、私は未だにそのアルバムは入手出来ていません。それは「言うことなしのミュージカル・ナンバー」(長田弘)だということです。

 私が親しんできたのは、JAZZのスタンダードとしての『マック・ザ・ナイフ』です。決して日本人の歌手が歌うポピュラーミュージックの『マック・ザ・ナイフ』ではない。フォー・リーブスなどが歌う『マック・ザ・ナイフ』は鼻を摘んで聞いていた。“Saxophone Colossus”におけるSonny Rollins Fourによる10分を超える『モリタート』の熱演は、おなじアルバムの『St. Thomas』とともにソニー・ロリンズの名をJAZZシーンに永遠に焼きつけた名演であります。特に、のっけからの4フレーズぶっ通しのロリンズのブロウは圧巻であり、かつてマイルス・デイビスが自らのコンボのテナー・サックス奏者としてロリンズを望んだ、その熱い想いが納得される迫力であります。

 JAZZシーンでの歌唱としての『マック・ザ・ナイフ』はサッチモこと、ルイ・アームストロングによって確立されたといえるでしょう。あのだみ声と独特の節回しによる『マック・ザ・ナイフ』は強烈な印象をもたらすばかりでなく、だれもが納得する説得力をも持っているといえるでしょう。しかもサツチモには歌に倍する魅力に満ちた本業のトランペット演奏があるのですから、まことに豪華絢爛であります。

 女性ヴォーカルとしてはエラ・フィッシュジェラルドの『マック・ザ・ナイフ』を嚆矢とする、といってよいでしょう。彼女はスキャットの名手であると同時に、ライブでのエンターテインメントは余人の追従を許さぬ迫力とインテリジェンスを感じさせます。エラがベルリンで、ドイツのファンのために歌った『マック・ザ・ナイフ』は彼女のグラミー賞受賞アルバムである“Ella in Berlin”で聴くことができます。歌唱の中で、エラはボビー・ダーリンやルイ・アームストロングの名を歌詞に折込み、サッチモのモノマネまで飛び出す自由奔放で雄大な歌唱で、ベルリンのオーデエンスを魅了しきった様子を、このアルバムは余すところなく伝えています。ドイツのキャバレー文化の小粋なうたものがたりの産物が、アメリカのミュージカル作品として大成功し、JAZZスタンダードとして長く人々の心に生き続けてきた壮大な構図は、ブレヒトとヴァイルの想像力をも超えるものだったかも知れません。

(8)”Mack the knife Ella in Berlin”
Ella Fitzgerald The Paul Smith Quartet
発売元 Verve

  曲目
1. Gone with the wind
2. Misty
3. The lady is a Tramp
4. The man I love
5. To darn hot
6. Lorelei
7. Mack the knife
8. How high the moon

  

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アメリカの心のうた-7  Alabama Song 1

ヘルベルト・ブレヒト(1892-1956)作詞 クルト・ヴァイル(1900-1950)作曲

  『アラバマ・ソング』は『マック・ザ・ナイフ』ほど有名ではありませんが、ブレヒトとヴァイルによる名曲のひとつです。「ブレヒトとクルト・ヴァイルの『歌』は、ふしぎな『歌』だ。名だたるポピュラー・ソングを生み、ミュージカル・ナンバーを生み、ジャズのスタンダードナンバーを生み、しかもいずれにおいても、ブレヒトとクルト・ヴァイルの二人組みの『歌』は、つねにずばねけた名演を生み出してきた。そうして、新しいフォーク・ソングをはぐくんだように、二人の『歌』は、それからの時代の歌の、いつでも尽きない源泉となってきた。ただ、わたしについていえば、ブレヒトとクルト・ヴァイルの二人組みの『歌』を知ってから、もっとも好きになったのは、二人の遺した『マハゴニー市の興亡』の『歌』だ。」と長田弘さんは書いています。このアメリカの架空の町マハゴニーを舞台にした三幕もののオペラ(ミュージカルではない)の中で歌われるのが『アラバマ・ソング』です。『アラバマ・ソング』は不思議な魅力に満ちた歌だと私もおもいます。その旋律には日本人にも理解できる、ある郷愁があります。それは都会の場末にあるような郷愁です。あえていえば浅草的といってもいいかもしれません。その意味で荷風的であるともいえるでしょう。そうした印象はヴァイルの旋律によるものです。しかし、それだけで『アラバマ・ソング』を理解することは誤っているようです。長田さんの原文に戻りましょう。「『アラバマ・ソング』(Alabama Song)という歌は、逸品ぞろいのブレヒトとクルト・ヴァイルの『歌』のなかでも際立っている。詩が変わっている。ドイツ語で書かれたオペラの歌なのに、『アラバマ・ソング』だけは、はじめから英語で書かれている。もともとその詩は、詩人の最初の詩集『マハゴニーの歌』の一遍として、英語のまま収められていた。ところが、ブレヒトが英語で書いたその素晴らしく簡潔な歌の詩が、じつはくせものだ。

 

Oh, show us the way to the next pretty boy.
Oh, don’t ask why, Oh, don’t ask why,
For we must find the next pretty boy
I tell you we must die.
 
ねえ、近くに男はいない?
なぜなんて、聞かないで。
やらずにはいられない。
だってやらなきゃいられない。
やらなきゃ死んじゃうわ。(岩淵達治訳)

とんでもない詩の歌だ」。

 

 ブレヒトの詩がとんでもないのか、岩淵達治さんの訳がなみはずれているのか、私には分かりません。紹介されているブレヒトの詩は、この詩の第二節で、正確には下記の通りです。

 

Oh, show us the way to the next pretty boy.
Oh, don’t ask why, Oh, don’t ask why,
For we must find the nest pretty boy
For we if don’t find the nest pretty boy
I tell you we must die. I tell you we must die.
I tell you, I tell you,
I tell you we must die.

 

 しかし、この歌をマリアンヌ・フェイスフルのアルバム”20th Century blues”で聴いた時、この詩の訳は岩淵達治さんの訳以外に考えられないと確信したのです。それは「あの胸にもう一度」で1960年代のミューズとなったマリアンヌ・フェイスフルではありません。「ワイマール共和国の」の空気を「ブルース」で歌う、1996年のマリアンヌ・フェイスフルであります。

 

 20th Century Blues
歌唱 マリアンヌ・フェイスフル
発売元 BMG

 

 曲目
1. Alabama Song
2. Want to buy some illusion
3. Pirate Jenny
4. Solomon Song
5. Boulevard of broken dreams
6. Complainte de la seine
7. The Ballad of the soldiers wife
8. Intro
9. Mon Ami, my friend
10. Falling in love again
11. 20th Century Blues
12. Mack the knife
13. Don7t forget me
14. Surabaya Johnny
15. Outro Street singers farewell

  

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アメリカの心のうた-8  Alabama Song 2

ヘルベルト・ブレヒト(1892-1956)作詞 クルト・ヴァイル(1900-1950)作曲

 かつてアイドル歌手だったマリアンヌ・フェイスフルは、やがてミック・ジャガーとの狂おしい恋、流産などの人生の荒波にもみくちゃにされ、歌手としての生命はほとんど裁たれたかに見えました。実際にかなり長い間、彼女の名前はミュージック・シーンから消えていました。1976年マリアンヌは「ブロークン・イングリッシュ」というアルバムで突然、私たちにとっては将に突然復活したのです。そこにはしわがれた声と、独特のブルースのフィーリングを身にまとったマリアンヌ・フェイスフルが居ました。“20th Century Blues”はその延長線上にあるアルバムです。復活以降のマリアンヌの歌には、あるドラマが感ぜられます。アルバム“20th Century Blues”はドラマそのものと言っていいかもしれません。そして、オーディエンスに語りかける彼女のはなしぶりには、しなやかな知性が感じられます。マリアンヌ・フェイスフルはおそらく、アイドル歌手の時代からただのアイドル歌手ではなかったのでしょう。

 一転ロッテ・レーニャの『アラバマ・ソング』に耳を傾けましょう。ロッテ・レーニャはクルト・ヴァイル夫人であり、『三文オペラ』や『マハゴニー』のヒロインであります。ロッテ・レーニャなくして『三文オペラ』なしと言われるほど、彼女はブレヒトとヴァイルの『歌』の体現者であったのです。「ロッテ・レーニャの声は、風変わりな声だ。色彩をもったきれいな声とは正反対に、陰影をくっきり浮かびあがらせる、いわばモノクロの声で、少女のようでもあれば、大人のようでもあって、むしろ悪声といったほうがいい。しかし、声がそのまま個性の証であるようなそのうたい方が、耳にじつに新鮮だった」と長田さんは言います。ロッテ・レーニャの歌には物語がある。彼女は陰影豊かに、時にはめをはずすほどに陽気に物語るのです。物語とドラマは同じではない。ロッテ・レーニャの歌は決してドラマティックな歌ではない。ただに切々と物語るのです。「『三文オペラ』が幕をおろした直後の冬、ニューヨーク、グリニッジ・ヴィレッジで、若い人びとのくわだてた小さな公演が幕を開ける。『三文オペラ』よりも、ある意味では、それからの時代にもっと直接的な影響をおよぼしたのは、その『ブレヒト・オン・ブレヒト』という小さな公演のほうだったかもしれない。ブレヒトの詩、歌、舞台の数場面や物語を構成したその舞台に立ったのは、ロッテ・レーニャだった。〜中略〜そのグリニッジ・ヴィレッジの『ブレヒト・オン・ブレヒト』のリハーサルに連日のようにかよって、片隅に一人たたずんで、ブレヒトの詩とクルト・ヴァイルの歌にじっと聴き入っていたのが、レーニャそこのけの嗄れ声とはげしいほどのひたむきさで「時代はかわりつつある」とうたった若いボブ・ディランだった。僕はブレヒトの徒だったと、後にふりかえって、ボブ・ディランは認めている」(長田弘)。ディランはロッテ・レーニャから物語る歌の真髄を盗み取ったのだとおもう。ウディ・ガスリーにない欧風の物語の陰影を、ボブ・ディランことロバート・ツィマーマンはロッテ・レーニャから受け継いだのだと私は思うのです。

 

 “Kurt Weill Berlin & American theater song”
歌唱 Lotte Lenya
発売元SONY Classical

 曲目
1. セプテンバー・ソング
2. あなたはいなかった
3. ジェニーの一代記
4. 愚かな心
5. スピーク・ロウ
6. シング・ミー・ノット・ア・バラード
7. 寂しい家
8. ボーイ・クライ・ユー
9. グリーン・アップ・タイム
10. トラブル・マン
11. ステイ・ウェル
12. ロスト・イン・ザ・スターズ
13. マック・ザ・ナイフ
14. バルバラ・ソング
15. 海賊ジョニー
16. ハバナ・ソング
17. アラバマ・ソング
18. アズ・ユー・メイク・ユア・ベッド
19. バルビオ・ソング
20. スラバヤ・ジョニー

  

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アメリカの心のうた-9  Alabama Song 3

 ブレヒトとヴァイルの時代は遠く過ぎ去った過去のようにも思えます。その代表的なオペラ『マホゴニー市の興亡』についてはつとに語られることも少ない。また、その音源を手に入れることも、今日ではかなり難しいのです。「ロンドン・シンフォニエッタ(指揮デイヴィット・アサートン)と、メゾ・ソプラノのメリエル・ディキンソンとメアリ・トマスの美しい二重奏を聴いて、初めて思い知ったのは、『マホゴニー市の興亡』のオペラとしての楽しさと新しさだ」と長田弘さんは指摘しています。しかし、残念ながら私たちはその音源を今手に入れることは至難の業です。「真夜中、その二重唱をじっと聴く。これ以上の『アラバマ・ソング』はない。そう思えたのは、しかし、エリック・ドルフィーの遺した完璧な『アラバマ・ソング』を知るまでだった」。私の心の中に一条の光がさしたのは、長田さんのこの一行を読んだときでした。

 エリック・ドルフィーは僕にとってかけがえのないジャズ・ミュージシャンです。16歳の夏、吉祥寺のジャズ喫茶「FUNKY」のマッキントッシュのスピーカーを通して聴いた「Recorded live at the Five spot」は僕にとってのジャズ・ミュージックとの遭遇でした。エリック・ドルフィーは必ずしも分かりやすいミュージシャンではありません。サイドマンとしての経歴が長く、70とも80ともいわれるアルバムに参加していますが、彼のリーダー・アルバムは多くはありません。しかしながら1950年代末からの数年間、エリック・ドルフィーはそれ以後のジャズシーンに決定的な影響を与える名演を遺しました。その代表作が夭折のトランペッター、ブッカー・リトルとの双頭アルバム・シリーズ「Recorded live at the Five spot」で、1961年6月16日の夜、マンハッタンのライブハウス「The Five spot」で繰り広げられた白熱のライブの模様が、3枚のアルバムとなって現在も残されています。インプロヴィゼーションとは何か、Jazz的なフィーリングとは何か、新たなジャズ・ミュージックの可能性は。そのすべての答えがそこにはあったと僕は錯覚したのです。初めて行ったジャズ喫茶のグルーミーな興奮の中で、それはあのマッキントッシュのオーディオ・セットが僕に仕掛けた音楽の甘い罠だったかもしれません。

 エリック・ドルフィーはアルバム『ラスト・デイト』の中で、こう語っています。"When you hear music, after it's over, it's gone in the air. You can never capture it again. "

 「音楽を聴き、終った後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」

 しかしながら、私たちは録音技術の発展のおかげで、今日美しい音質で, it's gone in the air.した音楽を手元に取り戻すことができるのです。そして僕も長い探索の時を経て、エリック・ドルフィーの『アラバマ・ソング』を手に入れることができたのです。

 「エリック・ドルフィーが、鋭く研ぎすました、じつに印象的な即興をくわえた『アラバマ・ソング』を仲間とともに吹き込んだのは、1964年冬、そのドルフィーがベルリンで急死して、ドルフィーを愛したすべてのジャズ・ファンを呆然とさせたのは、それからわずか半年後のことだった。『アラバマ・ソング』がドルフィーの形見になった」。そして僕がエリック・ドルフィーの音楽に初めて触れ瞠目したのは、わずかにその1年後の夏だったのです。熱い時代でした。「いい歌は過ぎ去らない。それはみずから時代を積み重ねる」。という長田弘さんの言葉を、今あらためて噛み締めるばかりです。

The Sextet of orchestra USA
“Mack the knife and other Berlin Theatre songs of Kult Weill”
発売元 RCA Victor

パーソナリティ
Arranger director Eric Dolphy Flute, Alto Saxophone & Bass Clarinet
Nick Travis Trumpet
Mike Zwerin Bass Trumpet
John Lewis Piano
Richard Davis Bass
Connei Kay Drams

 曲目
1. Alabama Song
2. Havana Song
3. As you make your bed

  

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